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卒業しても、UWCの経験はさまざまな形で残ります。
卒業生が今の気持ちを寄せてくれました。
(04/04/07
更新)
(ここに掲載された在校生、卒業生の意見は個人のものであり、必ずしもUWC、UWC日本協会、卒業生会全体の立場を示すものではありません。UWCで得られる経験は個々人によって、まったく異なるものであり、その意見も異なります。)
「君は高校から留学していたみたいだけど、その間君はなにを学んだと思う?」
英国の大学院修了を目前にひかえた今年の夏、私は日本で就職活動した。数々の企業をまわったが、その面接で必ずといっていいほど聞かれたのが上の質問だった。その度に私は、「すばらしい友人を得、国際理解の大切さを…」などと、恥も臆面もなく答えたものだ。
たしかに、今でもコンタクトをとっている友人はいるし、自分自身にとってAC体験はかけがいのないものだったと思う。しかし、私が本当にACで「国際理解」の大切さや意味について「学んだ」かどうかはあやしいものだ。なにしろAC在学中私は、「国際理解」ほど便利で胡散臭い概念はないと考えていたのだから。
こんなことがあった。
私のいた寮は原則として4人部屋で、違う文化圏から来た生徒たちをあえて一緒の部屋にする傾向があった。積極的な異文化交流政策の一環だったのだろう。しかしそれは時に、根深いルームメート間の対立を生んでしまうこともある。
私の寮では、非常に宗教的に保守的なマレーシア人と自由奔放なスウェーデン人とが一緒になってしまった。「それはいくらなんでもうまくいかないんじゃないか」という意見も一部あったらしいが、結局寮長(先生)は国際理解し合えれば大丈夫という結論に達したらしい。
学期が始まると、彼女たちは案の定衝突を繰り返した。双方ともにストレスがたまり、それを発散するかのようにお互いの弱みを公の場で暴露しまくった。1年間に及ぶ泥沼の結果、スウェーデン人の方は退学。マレーシア人の方はなぜかその後、「そこまでしなくても…」と周りから言われるくらい西欧化してしまった。あの泥沼の反動からかもしれない。
やはり同じ人間であるといっても、お互いの間に「際」はある。それが国と国、文化と文化の際を含んでいたりすれば、衝突の可能性は必然的に高くなる。文化と文化の相性の問題もある。国際理解というお題目は、「いかなる違い・際も克服できる」という誤った前提の上に成り立っているのではないか。また、生徒たちは「際」を克服することを半ば強制されることによって、「際」それ自体への理解を妨げられてはいないか。AC卒業から4年経った今でも、私は国際理解というお題目に疑問を持っている。
残念ながら「国際理解」の意味を学ぶことに失敗した私ではあるが、もちろんACで学んだこともある。それは、自分の価値観に対して謙虚になれたことだ。
異文化で生きてきた他者を理解することは非常に難しい。理解できないことのほうが圧倒的に多いのが現実だ。しかし数々のコミュニケーションの失敗を通して、私は逆に自分の価値観が絶対的なものではないという結論に達した。「世の中ってお金が一番大事」だと思う人(=私?)がいれば、「お金を稼ぐことってなんだか汚い」と考える人(=友人B)もいる。お金について多様な考え方があることは当然なことだが、果たして自分の意見がどこまで一般化できるのか、それを考えることこそが重要なのではないか。自分のお金についての価値観は、非常に日本的なものかもしれないし、極めて個人的なものかもしれないのである。
私はACに行ったことで、自分の価値観の前提条件、あるいは限界について非常に自覚的になったと思う。
以上、非常に個人的な意見を述べてきましたが、最後にこれからUWCに行こうかなと思っている方々に一言。
「きれいごと」、「お題目」に縛られる必要はまったくない
です。ただなんとなく面白そうだから、そんな理由でUWCに行くのも大いにありです。既存のレールをはずれて生きる面白さを味わいたい、あるいは自分の人生は自分で決めたい、そんな人たちがUWC奨学生になってくれることを願っています。
津田顕一郎(AC 95-97)
UWCの2年間……それを気の利いた言葉でうまく表現する事はできません。しかし、少なくともこの2年間が今までの私の人生で最も大きい部分を占め、現在の私の価値観や思想の根元になっている事は間違いありません。たったの2年、と思う人もいるかも知れません。しかし、あのUWCでの2年間がなかったら、現在の私もありませんでした。毎日、毎日新しい事の発見で、色々な事を考えさせられたり悩んだり、毎日が未知の可能性への挑戦でした。そして、私にとってUWCは単なる国際交流の場ではなく、“自分”とはどういう人間か、という事を深く見つめさせられる自己形成の場でもありました。
それまで日本以外に住んだ事がなかった私は、UWCに着いた初日、天地がひっくり返ったような衝撃を受けました。この地球上にはこんなにたくさんの人種が存在して、こんなにたくさんの習慣、宗教、考え方が存在する……シンガポール自体も、多民族国家で、様々な人種が街を行き来していたので、初めは戸惑った私も、2年後帰国した時、今度は逆に日本人しか歩いていない日本の街に驚いてしまったのを今でも覚えています。
卒業して4年経った今でもUWCの友達と一緒に旅行したり、お互いの国を訪ねあったり、メールでおしゃべりしたり、、国籍、文化、宗教、言語の違いを超えて、やっぱりUWCの友達は一生の友達だ、と実感します。
世界では今も、本当に様々な出来事が起こっています。世界で起こっている悲しいニュースを見るたびに、「あー、あの子は大丈夫かな」とUWCの友達の事を思い出します。つい最近日本でイスラム教信者にとって命より大切なコーランが破られる、という事件がありました。私の親友の一人はイスラム教だったので、このニュースを聞いた時、本当に胸が痛みました。また、今でも問題になっている日本の教科書問題、首相の靖国神社参拝をめぐるアジア諸国との関係、、私は恥ずかしい事に日本が過去に犯した罪の重さについてあまり深く考えた事はありませんでした。しかし、アジア諸国の人々は違うのです。ある時私は台湾人の子に「日本人は私達先祖に対していまだに謝っていないのに!」と強い口調でいわれた事がありました。私はそれを聞いて正直ぎょっとしました。私はその時、アジア諸国の人々が過去にどれだけ深い傷を負っているのか、そして、それが私達の世代まで語り継がれてきているのだ、と初めて思い知らされました。実際その子の家に行き、おばあさまから流暢な日本語で当時の戦争の話しを聞いた時、本当に大きな衝撃をうけました。
UWCを卒業してから、世界のすべてのニュースが私にとって身近に感じられるようになりました。そしていつしか世界中のニュースを追いかけるジャーナリストになりたい、と思うようになりました。私は来年からNHKで報道記者として働きます。UWCでの2年間の経験を生かし、これからも頑張っていきたいと思っています。
最後になりましたが、私にこのような素晴らしい機会を与えて下さった経団連の方々を始め、私を支えて下さったすべての方々に心より御礼申し上げます。
鳥養珠 (SC 95-97)
UWCを卒業してからはやくも4年が経った。しかし、今でもUWCにおける様々な経験は実に言葉にしがたい。
それは、非常に辛かったからでもあり、同時に非常に楽しかったからである。
私はUWCに進むまで海外で生活をしたことも、家族と離れて暮らしたこともなかった。その意味で、ごく一般的な高校生であったと思う。留学するまでは、自分では英語が得意であると思っていたが、それは甘い認識だということを、カレッジについた翌日に思い知らされた。掲示板に書かれていることの意味が全く理解できなかったのだ。もちろん、英語力が至らなかったこともある。しかし、それ以上に私がついていけなかったのは、それまでの高校生活のように教師や大人が手取り足取り私たちに指図してくれる訳ではないことだった。どうやって、その掲示板を読めばいいのか誰も教えてくれない。分からない点は自分で質問しなければならない。だが、何がわからないのかわからなかった私は質問を作ることも出来なかった。
UWCが2年間のカリキュラムを組んでいる意義はここにあると思う。1年ではたとえ、学習の内容的に詰め込むことが出来たとしても、環境に適応することに多大なエネルギーを燃やすことは同時に出来ないと考えるからだ。
私個人の経験から言っても、1年目より、2年目の方がぐっと充実した生活を送り、より楽しく学習に参加できたように感じている。
UWCでの経験を通して学ぶものや得るもの、そして失うものは人それぞれ違うだろう。UWCに心酔する卒業生もいれば、冷めた目で見つめる卒業生もいると思う。しかし、10代のうちの2年間をUWCという稀な環境の中ですごしたことによって誰もが、自分がどのようなことに喜びを感じ、何に怒りを燃やし、なぜ悲しむのか考える機会が与えられたのではないかと考える。少なくとも、私にとってはUWCでの2年間が自分という人間の強さと弱さを少しずつ掴み始めた時期であったことは間違いない。
鋤柄明子 (AD 95-97)
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