
授業風景
UWCの授業はすべて少人数で行われ、ディスカッションが非常に重要です。英語が上手くなくても、みんな一生懸命に自分の意見を発表します。
(04/04/07
更新)
こんな歴史の授業があったのか!
IBの科目の中で特に時間を割いた科目は、中央、西アジアの歴史だった。初めての授業、私はてっきり教科書を渡されてそれに沿って進んでいくものと思って臨んだが、大間違い。渡されたものは、10冊もの本。「中東戦争」「パレスチナとイスラエル」「冷たい戦争」などなど。それもすべて、400ページはある。そして先生は『これとこれは来週までに読むこと。そしたら、エッセイタイトルを渡すから、1500ワードで書いてくること』といった。私は血の気が引いた。ギョ!!!! 英語もままならないのに出来るはずがない。1ページ読むのに20分以上かかるし、かかっても理解していなかったり。授業は、大まかな流れと、エッセイの書き方が中心だった。2年間、私は歴史と戦った。歴史は暗記なんかではない。いかに過去を捉え、現在を見つめ、未来に臨むのか。ちっぽけながらも一人の歴史家として、様々な観点から書かれた本を読み、分析し、その事実に対して解釈していく。これこそが歴史を学ぶということだ!! また、『学ぶ』ということが一体どんなことなのか知った気がする。
AC98-00 小柴 美保
国際バカロレアのArt&Designを学んで、今、思うこと。
日本の美術教育での感覚で乗り込んだArtの授業。
目の当たりにしたのは、無法地区のような授業風景。
与えられる物は一済なし。画材もモチーフもなし。先生は何も講義しないのか?
そうか、Artって、教えられるものじゃないのか。
自分で調べて、自分で学ぶ。創作は、何を創るか。
何で創るか、から、作者の責任であり、そこから自分のメッセージを投じるものなのだ。土で絵の具を作ってみたら、全く違い風合がでる。
画材の選択から、自分の意志が左右する。
ものすごく能動的な授業で、自分の色を少しずつ発見できた。そんなArt&Designで自分探し、しませんか?
笹本 晃子 (AC 97-99)
一年生になって2、3ヶ月が経った時の事。ある友達が突然、「勇気、シットじゃない。シットだ。」なんて言うんです。何かと思ったら、どうやら僕は、sh- と s- の区別ができてなかったらしいのです。「Sit down」を「Shit down」なんて言ってたなんて...
日本の学校って、なんでこんな大事なコトを教えてくれないんでしょうか...
日本の英語教育に対する不信感が増したデキゴトでした。教えてくれた友人に感謝。
小柳 勇気 (NC 96-98)
地理のフィールド旅行でマレーシアのマラッカ川で測量をしていたら、直径15cmはあるヒルに血を吸われ、大騒ぎした。長年地理の先生をしている某C先生にも’こんなに大きなヒルを見るのは初めてだ’と感動され、この話はいまだに地理科で語り継がれているらしい。
鳥養珠
(SC '95-'97)
私の取った科目は、上級レベル三科目は芸術・西洋近代史・生物学で、補助レベル三科目は日本語・英語・数学だった。芸術は単なる「美術」ではなかった。漠然としていたartとは何かであるかということが、日々の実践と、同じクラスの友の製作を見て少しづつ分かってきた。自分の心のままに、何を追及してもよいのだ。必要であれば、そのための材料は与えられる。表現への欲求を解放することができ、あとはひたすら自分という壁との戦いだけだった。
西洋近代史では、英語の能力が要求される。私の答案は赤ペンでいつも真っ赤に直されて、コメントが入れられていた。思いつきや事実の暗記だけでなく、事実関係の把握と解釈、考察が求められる。資料を厳密に扱うという態度が重要だと学んだ。
生物学は、実験の後、詳細なレポートを書く必要がある。実験をしてそれでおしまいではなく、何がどうしてどうなったということを筋道立てて説明できなければいけない。大変でも、とてもやりがいのある勉強だ。
有二 (AC '91-'93)
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