カレッジ生活
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世界10か国の国際学校

イギリス校
 アトランティック・カレッジ (AC)
カナダ校
 ピアソン・カレッジ (PC)
アメリカ校
 アメリカン・ウェスト・カレッジ (AW)
イタリア校
 アドリアティック・カレッジ (AD)
シンガポール校
 シンガポール・カレッジ (SC)
香港校
 香港カレッジ (LPC)
ノルウェー校
 ノルディック・カレッジ (NC)
インド校
 マヒンドラ・カレッジ (MC)
スワジランド校
 南アフリカ・カレッジ (WK)
ベネズエラ校
 シモン・ボリバル・カレッジ (SB)

couple

 ほとんどのUWCのカレッジ(大学のことではなく高校)にはハウスと呼ばれる寮があり、それぞれをハウス・ペアレントというスタッフの夫婦が受け持っています。女子と男子は違うフロアで、国籍の異なる4人がひと部屋に住みます。ACでは、誰でもファースト・ネームで呼び合います。生徒が教員のスタッフをそう呼ぶのはもちろん、校長でもそうです。最初は聞いたこともない名前が見慣れない顔と一致するまでひと苦労しますが、全部で300人程度だからほぼ全員が顔見知りです。


 

Every time I have something wrong in my mind, like anger, sadness, I run down to the sea front, and I just sit or stand at the edge of the wall, and watch the waves coming up to my feet, and going down, back to the endless sea.
During my first year at Atlantic College, the sea front has been a place of refuge for me, from all the people around me.

At the sea front, I was always on my own, trying to clarify my mind, but next year, I will come down with some friends.

由奈 (AC student)


私がピアソン・カレッジにいた頃は中東和平交渉が始まった後で、国家間でいろいろな問題が浮上しているときだった。今でもそんなに状態は違わないはずだが、私が一年生の時、二年生だったパレスチナ系ヨルダン人のモハメドとイスラエル人のアランの仲が結構悪くって、海の向こうで何かがあるとすぐ多くの人達の見守る仲、この二人を中心に夜遅くまで議論が続いたものだった。イスラエルのラビン首相が暗殺されたときも最初は結構どっちもパレスチナ人のしたことだと思って、胸の苦しくなる議論が展開されたのだった。(結局は、極右派のユダヤ人が犯人だった。)でも私が二年生になってみてその二人が卒業すると、二年生となったイスラエル人のツルヤと一年生のヨルダン人のスラフはとても仲が良くって、もちろん国際状況に関して議論することはあっても前の年のように険悪なムードが長引くことはなくなった。
 やっぱり中東問題は放って置けないと痛感させられる反面、人生どの側面においても、ウマが合う、合わないの大切さをも思い知らされた二年間だった。世の中に役立つ人間になれるという自信をつけてくれ、素敵な人々に逢う機会を与えてくれたピアソン、UWCに本当に深く感謝している。

山本雅 (PC 95−97)


IB二週間前にロンドンマラソンを走ったこと。
運動好きな友達に応募を誘われたときはどきどきした。理由なんてろくになかったんですけど。結局9人中僕しかくじで選ばれなくて、さみしかったなー。タワーブリッジあたりが中間点で、その時「がんばってーっ」と日本のおばさんに応援してもらいました。それまですごくいい雰囲気で走っていたのですが、自分一人にもらった声援はそれが始めてです。タワーブリッジの中央を堂々と走れていることの喜びと重なってほんとうにうれしかった。だからがんばっちゃったんです。そうしたら30kmすぎでばてちゃった。まるで水上ボートがガス欠おこしたみたいにスーッて歩き出してしまった。僕は両足つってるし、つらかった。何の余裕もありませんでした。ビッグベン。バッキンガム宮殿の前なんかも意識がもうろうとして、逃しちゃいました。それでも何とか走りきりました。3時間50分くらい。ゴールした後はやはり感じること、思うことたくさんあって、マラソンを通じて何かを見つけたいと思っていたボクはすごく満足で、うれしかったです。「なんで??」っ人もたくさんいて、やはり人の価値観は違うんだろうけど、僕にとっては大きな経験です。カレッジの外でも何かをできたことが本当に有意義でした。

安宅 昇 (AC97-99)


ある日の天気。
朝おきたら快晴だった。数あるうちの庭の1つで読書をしてたら曇ってきた。お昼を食べて、また読書、雲行きが怪しいので寮に帰ったら空が黒くなり、雨が降ってきた。そして5分後には雨がどしゃ降りになり、その後”ひょう”がふってきてびっくりしていたら、最後に雪がふってきた。
ウェールズの天気は予測不可能である。完全防備を心がけよう。

関根 令奈 (AC 96-98)


Lucheseという小さな港の近くの寮のDAYROOMで開く、小さいディナーパーティー。月に最低1回は誰からともなくそういう案が出され、みんなで料理をする。
毎回料理を仕切る人が違うため、世界各国のいろいろな料理が食べられる。その中で一番印象的だったのが、ポルトガルのガスパッチョというスープ。スープ一人分に約2個のトマトを使う。それを何と20人分。みんなで、着ている洋服を飛び散るトマトの汁で真っ赤にしながら作った最高の味のスープは忘れられない。

岡 瑞起 AD(96-98)


 PCの景色はすばらしかった。海と山に囲まれ、船をつけるドッグもある冬の朝には朝もやの中鹿たちが降りてきて悠然と歩いているし、夜にはアライグマがごみ箱の中に入り、出られずにもがいているのを何度も見た。カナダでも秋には紅葉を見ることができた。

 海では大小の魚とあざらし、トドをしょっちゅう見掛けた。あるときなどアクティビティのスキューバダイビングで潜っていたら、大きなトドがいて、恐ろしい目でにらまれ、自分の周りをしばらくぐるぐると回られた。

 夜の星空はこれまで見たことがないほど美しく、百武彗星やへール・ボップ彗星も信じられないほどよく見えた。ちゃんとした天文台もあるので、天文好きな人にもお勧めです。

西島健 (PC '95-'97)


 初めて寮生活をして、いろいろな国の友達ができたことがよかったと思う。SCの寮は消灯があったりと、厳しくて大変な面もあったけれど、友達の部屋で騒いだり、2年間本当に楽しい毎日を送れた。

 休みを利用してマレーシアやインドネシアなどいろいろな国を旅行したこともいい思い出になった。特にプロジェクトウィークでインドネシアの島々を2週間かけて回ったのは普通の旅行ではできないような貴重な経験になった。

森みゆき (SC '96-'98)


 アトランティック・カレッジのはずれに、とても見晴らしのいい物見台(Watch Tower)がある。カレッジと、海と、丘と、林と、草原と、周囲を一望できるのだ。そこは足場が崩れて一本の木を渡らないと上へあがることができない。あるとき、チェコのミロが今のままでは危ないので、みんなが安全に上れるように階段を作ろうと提案した。
 他人のためになにかをする。
 そのとき、それがとても素晴らしく、新鮮なことにみえた。彼はプロジェクト・ウィークという期間を利用して、他の仲間とそれを完成させた。それは今はまた朽ちてしまったが、確かに何人もの生徒やスタッフたちをあの見晴らしに触れさせてくれた。

有二 (AC '91-'93)

 


 1994年の日記から〜1月23日
 図書館で南アフリカ人のマンダラに会った。一緒にコーヒーを飲むことになって、彼のハウスに行った。彼は南アフリカの人種差別について話してくれた。白人と黒人の割合は1対6。差別は無くなったはずなのに、未だ白人と黒人は住む地域も学校も全て違う。黒人は良い教育を受けられないらしい。だから黒人である彼は、黒人にも良い教育を受けさせたいと考えており、学校の先生になりたいと考えている。

祐子 (AC '92-'94)


 ACの最寄りの村はLlantwit Majorなのだが、カレッジからずいぶん歩いて買い出しをすることになる。カレッジの生徒と村の人とは、顔なじみだ。顔なじみでなくっても、ヒッチハイクをすればほぼ必ず乗せてくれる。乗せてくれた人と話しが弾むうちにもう、村に着く。ウェールズの田舎の一本道を、親指を立ててのんびり歩きながらACの生徒が今日も行く。

有二 (AC '91-'93)


 一番の思い出は、ACのキャンパスから最も近い街(お店など)が徒歩40分であったということ。人里はなれた崖の上にあるACは海風を真っ向から受け、自然にはとても恵まれた場所であったが、買い物や、学校では足せない用事があると歩いて、180度牧草地の景観を越えていかねばならなかった。

 雨の日は往復すると靴がビチョビチョ。ただでさえくもりの日が多いが、雨天の日はさらに上をいく。街灯もない一本道を一人であるくのは割と勇気の要ることだったと思う。けれど一度お天道様が顔を出すと、そこは本当に美しい世界。牧草地の奥には海が輝いて草の匂いが漂う。視線を妨げる建物や障害物は一切なく自然と大好きな歌を口ずさんでしまうのだ。

 AC生活は決して楽しいことばかりではない。どちらかというと苦しいことのほうが多いだろう。しかし、そんなちょっと苦しいときや少し気持ちが沈んでいるとき、大好きな仲間とともにこの街への一本道を歩くと、ちょっぴり幸せになったものだ。

匿名希望、AC生


 1994年の日記から〜2月11日
 ウガンダ人のリチャードとイタリア人のフランチェスカとごはんを食べた。政治の話になってそれぞれの国の政治について話し合った。その結果どこの国の政治家も似ているのだなと思った。日本の国会中継を見ていると政治家がけんかを始めることがある。そのことを2人に言うと、ウガンダでも同じことがあることをリチャードが言った。フランチェスカはイタリアなんてもっとひどいよ、と言った。どういうことかと聞くと、イタリアの政治家は会議そのものに行かないことがあるらしい。

祐子 (AC '92-'94)


心を開く。
 それが一年終わって、友が私のYear Bookに書いた課題だった。
 それまで、人づきあいの少なかった私にとってそれはとても大きな問題だった。
 そして、それはもう一年終わってみても同じだった。英語ではうまく気持ちを伝えられなかったのだろうか。そうではなかった。英語だと慣れない言葉だけにむしろ素直になることができた。そんな英語で嘘をつくのは難しい。
 だがそれでも私は自分の気持ちを表現しようとしていただろうか。悔いのないようにひとと触れ合えただろうか。
 心を開く。
 今でもうまくできない。カレッジを卒業して何年もたってもそれは私の課題だ。だが、少しずつでもできるようになりたい。

有二 (AC '91-'93)


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